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土方巽「病める舞姫」写真化プロジェクト

「アジアトライAKITA千秋芸術祭実行委員会(NPO法人土方巽記念秋田舞踏会)」の写真
プロジェクトオーナー
アジアトライAKITA千秋芸術祭実行委員会(NPO法人土方巽記念秋田舞踏会)
「土方巽「病める舞姫」写真化プロジェクト」の写真
SUCCESS!
支援総額
1,117,000 円
目標額 1,000,000 円
111%
サポーター
112人
プロジェクトの概要

舞踏の原点「病める舞姫」の里、秋田市を世界に発信したい!~「舞踏は本当の生活を探す一方法である」ー土方巽

土方巽生誕90年を記念して

秋田が生んだ舞踏の創始者・土方巽の顕彰活動と舞踏の発展に取り組む「NPO土方巽記念秋田舞踏会」の代表・米山伸子と申します。近年は秋田県内で舞踏イベントが頻繁に開かれるようになり、海外でも「BUTOH」として広く知られ、土方再評価の機運が高まる中、今年は生誕90年という節目を迎えました。

 

私たちは舞踏家・土方の表現の源泉ともいえる故郷・秋田市を舞台にした写真集の刊行を計画しています。その制作・印刷にかかる費用の一部をFAN AKITAを通じて多くの方々からご協力いただきたいと考え、「土方巽『病める舞姫』写真化プロジェクト」を立ち上げました。

土方巽とは

1928年秋田市生まれ、秋田工高卒。日本独自の身体表現である舞踏の創始者として世界的に知られる。

 

1946年、秋田市駅前にあった増村克子(江口隆哉門下)モダンダンス研究所で学び、1947年初めて上京。1959年に三島由紀夫の小説をベースにした「禁色」を発表し、舞踏家として新たな身体表現を切り開く。代表作は「肉体の叛乱」「四季のための二十七晩」「静かな家」「ばら色ダンス」など。

 

「病める舞姫」「美貌の青空」「犬の静脈に嫉妬することから」など関係する著書も多い。後進の育成にも力を入れ、麿赤兒、田中泯、和栗由紀夫、玉野黄市、芦川洋子、小林嵯峨、山本萌ら数々の舞踏家が土方のもとを巣立っていった。1986年、57歳で死去。

土方巽

わらべ歌のように懐かしくも恐い「病める舞姫」

写真集のテーマは難解とされる土方巽の「病める舞姫」の世界を直弟子の舞踏家たちが再現することです。土方巽が新しい「舞踏譜」創作のために無垢な子供にかえる事を試みた作品です。

 

「病める舞姫」は土方の芸術観、思想、死生観など創作のためのヒントがたくさん詰まった、土方研究には欠かすことのできない重要な著作です。

 

世界的に評価される舞踏という身体表現の源風景である「病める舞姫」。土方は農村と都会の文化が混在している生まれ故郷の秋田市からどんな影響を受けて、世界を震撼させるような革新的な芸術を生んだのか。プロジェクトに参加した写真家、舞踏家たちと一緒にその秘密に迫りたいと思っています。

秋田に集まった舞踏家と写真家

写真集の刊行を目指して、昨年の2017年6月から10月にかけて5回にわたり撮影会を行いました。モデルとなってくださった主な舞踏家は大野慶人、和栗由紀夫、小林嵯峨、山本萌、白榊ケイ、雪雄子の各氏。いずれも土方の影響を強く受けた舞踏第一世代を代表する世界的な踊り手です。

急逝された和栗由紀夫さんの姿

和栗由紀夫(旧松倉家、谷口雅彦撮影)

写真集、読みとき「病める舞姫」はは9月1日完成予定

写真集はA4版160ページ(うち写真140ページ)で「病める舞姫」抽出文付き。秋田市出身の東京で活躍するアートディレクター宮古美智代さんに編集をお願いしています。

 

写真集とともに、秋田在住の有志が4年の歳月をかけて「病める舞姫」を解読した成果をまとめた「読み解き・病める舞姫」も刊行します。「舞踏は本当の生活を探す一方法である」という土方の言葉に導かれながら、昭和初期の秋田市の様子を九日生少年になった気持ちでイメージしたことをつづりました。土方と舞踏の研究への参考にしていただければ幸いです。

ご支援へのお返し

写真集の市販価格は5,184円(税込み)です。FAN AKITAでは5,000円以上の支援のお返しに写真集が含まれています。また解読本「読み解き・病める舞姫」(定価2,160円・税込み)を含むお返しも用意しています。写真集へのご芳名記入は30,000演以上のご支援に対し行っております。ご購入を検討される方は、ぜひFAN AKITAをご利用ください。

最後に

「病める舞姫完全写真化計画」は昨年1月、写真家、谷口雅彦さんにお会いしたことから、一気に具体化しました。このファンドの目標額は100万円ですが、実際の必要額は撮影に250万円、印刷編集費に250万円程かかります。目標額にこだわらず、皆様の大きなご支援をお願い致します。

この度の写真集、故和栗由紀夫さんはじめ舞踏家の皆様のご協力はもとより、私どもの趣旨をご理解下り、応援して下さいました行政、秋田市民、県民の皆様に心より感謝申し上げます。

活動報告

おかげさまで目標額達成しました。ありがとうございます。

たくさんの皆様のご指示を得て目標額達成しました。心から感謝申し上げます。ファンドはまだ続いております。今後ともよろしくお願いいたします。

写真集、タイトル「土方巽原作【病める舞姫】東北歌舞伎計画秋田公演 に決定しました。

舞踏のある風景 土方巽の生地 保戸野界隈

土方巽は秋田市保戸野八丁に生れました。秋田工業高校の近くにある一乗院、金砂神社、中島橋のある一帯が九日生少年のあそび場「病める舞姫」の原風景だったのです。

のあそび場、「病める舞姫」の舞台でした。

舞踏のある風景、秋田港と山本萌、白榊ケイ

旧渡邊幸四郎商店と小林嵯峨

ももさだと大野慶人

舞踏のある風景・旧松倉家住宅と和栗由紀夫

写真展「病める舞姫完全写真化計画 チラシ 裏面

写真展「谷口雅彦完全写真化計画」

、読みとき病める舞姫に添付のDVDです。

舞踏のある風景・母校に帰った土方巽

1942年、秋田県立工業高校に入学した土方巽こと米山九日生は小学校時代とはうって変わって、蛮勇で鳴らすようになります。秋工は当初からラクビーの名門校で、喧嘩に強くすばしっこい九日生も勧誘され入部します。最も、集団生活が性に合わなかったのか半年でやめてしまいます。それでも学校一の花形、ラクビー選手になった事で、米山九日生は一躍みんなが注目する存在になり、人気者にもなったようです。その頃から特別のオーラがあったと後輩の棚谷文夫さんは言っております。

写真家 谷口雅彦さんのこと

再来週末に決行する土方巽の遺した言葉[病める舞姫]を底本に写真化することを試みる【病める舞姫 完全写真化計画】の具体的なイメージの擦り合わせを、土方巽の愛弟子の和栗由紀夫さんとする。

 

米山九日生(土方巽)少年のことを中年期の土方巽が書いている本、[病める舞姫]。あるいは中年期の土方巽を少年、米山九日生が見ているのか、という視座の違い、対比、同化、広がりなどなど。

 

脳味噌が刺激されて活性化する。

 

和栗さんとは細江英公先生の写真教室CORPUSで学んだ時に初めて私の前に立って下さった舞踏家だ。トルソの写真がそれだ。土方巽さんを慕い8年間、弟子として一緒に過ごした経験とメソッドを基に、1995年にいち早く『舞踏譜 舞踏花伝』(ジャストシステム)として世に発表した。当時はまだDVDは一般的ではなかったので、二枚のCD-R付きの書籍だ。あれから20年が経ち、今は売り切れ絶版。残念ながら、なかなか手に入らない貴重な資料となっている。

実は、いまでこそ土方巽の舞踏譜は、あって当然と語られているが、今から25年くらい前は、舞踏評論家や舞踏周辺の関係者たちは、「そんなものは無い!」と言っていたという。というか、その話をしているのを、私は当時、目黒の土方巽記念アスベスト館で小耳に挟んでいる。

1992年1月、私はアスベスト館で毎週水曜夜に開催されていた写真家細江英公先生の写真教室CORPUSの第二期生として参加。遡ること3年前から師事させていただいた私のもうひとりの先生、丹野章先生が細江先生のところに行き、丹野先生が「細江君、私の弟子の谷口、よろしく」と言い、細江先生が「そうですか、丹野さんのお弟子さん、わかりました」と今や日本写真史に残るVIVOの2人の作家にお世話になるという幸せな時間。

昼間はサラリーマンをやり、夜はアスベスト館に通う日々をスタートさせた頃の3月、土方巽七回忌記念舞踏公演[土方巽とともに]がアスベスト館で行われた。土方未亡人の元藤あき子さんが書かれた著者[土方巽とともに](筑摩書房刊)を原作の公演。

その公演が終わり、打ち上げが行われた場で、舞踏譜がどうのとかいう声を聞いた。それが今回和栗さんに聞いて、初めて舞踏譜について、舞踏周辺が話題にした最初なのだという。知らず知らずに私はそのタイミングに立ち会っていたのだ。しばらくして元藤あき子さんが、「舞踏譜を形にしなきゃ」って事務室で話していたのを憶えている。

和栗さんに聞くと、土方と弟子たちは、たいがい夜にマンツーマンでメソッドを伝えられていた為、評論家とか誰も見たことがなかった。だからみんなが無いと言ったのだという。では舞踏譜とは何か。それは愛弟子たちが土方からの考えや踊りの形などを憶えようとして、各々が必死にメモを取っていたノートが要。弟子たちはあまりに土方に近く、直接振り付けされていた為、そのノートの重要性を認識できないでいた。あくまでノートは勉強してきた際のノートであり、外側の人間に存在を見せるものではなかったからだ。

つまり土方七回忌のタイミングで、アーカイブの重要性が語られたという事実である。

その後、和栗さんは土方舞踏譜を残すべく私財を投げ打ち、3年後には先述の舞踏譜を上梓した。

舞踏のある風景・旧金子家住宅

舞踏のある風景ー馬口労町ー刈穂橋

舞踏のある風景ー馬口労町、刈穂橋付近

 

旧松倉家住宅がある馬口労町は寛文12年(1672)に馬宿が設置され、街道を行く旅人や藩の天馬役などに馬や人夫を提供したところです。年に1〜2回、馬市が開催され馬の売買をする馬喰と呼ばれる人がたくさん集まった事が名前の由来だそうです。近くを流れる旭川にかかる刈穂橋も船着場として賑わったそうで、運輸の中心であったこの町には旅籠(はたご)が密集していたそうです。馬口労町はお盆の草市が有名で私も子供の頃、毎年欠かさず行っていました。

旭川は刈穂橋から西側は旧雄物川で1キロほど先で本流に合流、新屋地区を通って日本海に注ぎ込みます。

旧松倉家住宅でのロケを行う前に、陽が翳るのを待ちながら、秋田銀行馬口労町支店の川向かいの道路で撮影しました。

舞踏のある風景・旧松倉家住宅

旧松倉家住宅

 

旧松倉家住宅は 寛延2年(1749)から続く商家。主屋は明治39年に再建されたが、米蔵、文庫蔵は江戸時代(1839~66)から続く由緒ある建物。久保田城址外町の伝統的建物として秋田市の有形文化財の指定を受けています。

実は二十歳前後この家の近所で、母が小さな食堂を営んでいたこともあって、松倉家には何回か訪れたことがあります。どんな用事があったのか、判然としませんが、、玄関を入るとすぐ横手に土間があり、右手には幅一間もある広くて長い土間というより、ちょっとした道路のような通りが奥まで続いていました。左側は10畳間が連なっていて、とても大きな家だったことを覚えています。座敷や土間を照らす電球の明かりが作り出す闇の影が懐かしく思い出されます。あの優しい魔物が棲息しているような、ほの暗い闇はどこに行ってしまったのか。

この写真を撮影した2017年6月には、屋内は公開しておらず中に入ることが出来なかったのですが、2018年中の一般公開を目指して秋田市が予算を組くんだと聞いています。

秋田は現代の診療所

秋田市を「病める舞姫」の里というのは誤解を招くのではと思ったのですが、病を治すところを「病院」というのと同じだと思いました。「病める舞姫」は現代人が文明に侵されて、見失ってしまった命や自然、人や地域のつながり、誰もがどんな状態でも尊重されるという事を教えてくれるお医者さんのいる診療所のような本でもあります。

 

クラウドファンド「病める舞姫写真化プロジェクト」スタートしました。写真集は実際の購入価格よりお得に設定しております。

 

羽後町の鎌鼬美術館と合わせて、秋田を舞踏の故郷として世界にアピールしたいと思っております。皆さまのご支援よろしくお願い致します。

土方巽の生地、秋田市、何気ない日常にある舞踏

舞踏の原風景「病める舞姫」の里秋田市

「病める舞姫」写真化プロジェクトは2017年1月から企画され、6月から撮影開始されました。

撮影シーンの動画ができました!

土方巽「病める舞姫」写真化プロジェクトのPR動画が届きました。昨年、秋田市で5回にわたり行われた撮影会のシーンを紹介しています。あなたの知っている秋田市の風景の中を異形の舞踏家たちがうごめく様子をぜひご覧ください!

土方巽「病める舞姫」写真化プロジェクトスタート

秋田が生んだ舞踏の創始者・土方巽(1986年死去)の顕彰と舞踏の発展に取り組む「NPO土方巽記念秋田舞踏会」と申します。土方生誕90年という節目の今年、舞踏家・土方の原風景といわれる「病める舞姫」の舞台に、直弟子や関係の深い舞踏家による写真集を刊行します。

 

舞踏第一世代を代表する世界的な踊り手である大野慶人、和栗由起夫、小林嵯峨、山本萌、白榊ケイ、雪雄子の各氏をモデルに、昨年6月から10月にかけて5回の撮影会を行いました。

撮影は谷口雅彦さんが担当。撮影場所は旧金子家、赤レンガ郷土館、アトリエももさだ、秋田港など。市民には見慣れた風景に異物として紛れ込んだ舞踏家たちは、何気ない日常にこそ本当の舞踏があること、土方巽の舞踏が確かに継承されていることを証明してくれました。

 

9月刊行予定です。ご支援よろしくお願いいたします。

アジアトライAKITA千秋芸術祭実行委員会(NPO法人土方巽記念秋田舞踏会)
https://www.facebook.com/hijikata.tatumi.akita/

2013年3月結成。会員35名。舞踏の創始者・土方巽を秋田の郷土史と風土において再評価し、土方研究の上で空白となっている秋田市在住時代を明らかにするために「病める舞姫」の解読を進めるとともに、資料の発掘・収集を進めています。

リターン
舞踏3,000円コース
支援額
3,000 円
  • ・「読み解き 病める舞姫」1冊(朗読DVD付き)
  • ・展示会、公演にご招待
  • ・ポストカード6枚組
支援口数
18 口
舞踏5,000円コース
支援額
5,000 円
  • ・写真集「病める舞姫」1冊
  • ・展示会、公演にご招待
  • ・ポストカード6枚組
支援口数
51 口
舞踏8,000円コース
支援額
8,000 円
  • ・写真集「病める舞姫」1冊
  • ・「読み解き 病める舞姫」1冊(朗読DVD付き)
  • ・展示会、公演にご招待
  • ・ポストカード6枚組
支援口数
46 口
舞踏30,000円コース
支援額
30,000 円
  • ・写真集「病める舞姫」1冊
  • ・写真集にご芳名を掲載
  • ・「読み解き 病める舞姫」1冊(朗読DVD付き)
  • ・展示会、公演にご招待
  • ・ポストカード6枚組
支援口数
8 口
舞踏200,000円コース
支援額
200,000 円
  • ・展示会の権利進呈(写真パネルA2・20枚、A3・10枚を15日間貸し出します)
  • ・写真集「病める舞姫」2冊
  • ・写真集にご芳名を掲載
  • ・「読み解き 病める舞姫」2冊(朗読DVD付き)
  • ・展示会、公演にご招待
  • ・ポストカード6枚組
支援口数
1 口